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リトアニア 基本情報

LITHUANIA

LITHUANIA
正式名称 リトアニア共和国 / Republic of Lithuania
元首 ギターナス・ナウセーダ大統領 / Gitanas Nauseda
人口 約280万人(2019年)
首都 ヴィリニュス
民族グループ リトアニア系(86.7%)、ポーランド系(5.6%)、その他(7.7%)
言語 リトアニア語(公用語・国語)
宗教 カトリック(79%)、正教会(5%)、その他(16%)
面積 6万5,000㎢ (日本378,000㎢の約6分の1)
ビザ 90日以内の滞在は不要
電気・電圧 220V/50Hz:Cタイプ
通貨 ユーロ (€)、補助通貨はセント(1€=100セント)
1€ =120.01円 ※2019年11月現在
国旗

リトアニア国旗

黄色は太陽・光・繁栄を、緑を自然・自由・希望を、赤は祖国を守るために流された血・大地・勇気を表している。リトアニアの民族衣装によく使われてきた色である赤と緑に、より明るく見せるため黄色を加えた3色が国旗として採用された。
気候 四季があり、春と秋が短く、冬が非常に長い。バルト海の影響で緯度の割にはそれほど寒くはないが、同時期の日本よりも寒く-20℃を下回ることもある。夏は涼しく日中は20℃と過ごしやすいが、夜は冷えるため羽織るものが必要。
交通事情 空港から市街へは鉄道・バス・タクシーなどを利用します。鉄道は最短7分ほどでヴィリニュス駅に到着します。バスでの所要時間はおよそ10分。ヴィリニュスの市内はトロリーバスとバスがチケット共通のため利用しやすいです。レンタサイクルもおすすめです。
電話のかけ方 日本からリトアニアへ : 国際電話認識番号+370+市外局番(0を取る)+電話番号
リトアニアから日本へ : 国際電話認識番号+81+市外局番(0を取る)+電話番号

出典:外務省の各国基本情報HP

都市情報

CITY INFORMATION

ヴィリニュス

「ヴィリニュス ~欧州最大級の旧市街~」

リトアニアの南東部に位置するヴィリニュスは、1323年にリトアニア大公国の首都になってから現在までリトアニアの中心であり、バルト三国内でも主要な商業都市である。

ヴィリュニスの歴史は13世紀まで遡る。5世紀よりヴィリニュス周辺には集落があったが、13世紀になると当時のリトアニア大公であるミンダウガスの居城の一つとして城が作られた。1316年リトアニア大公ゲディミナスが居城をヴィリニュスに移してからは、リトアニアの首都なり、ベラルーシ、ウクライナ、そしてドニエストル川全域、さらにはポーランドやロシアの一部にまで支配していた。14世紀の後半になると、大公の座を巡っての紛争が起こり、ヴィリニュスは戦禍に見舞われるが、ポーランドとの王朝連合後は、順調な発展を遂げ、ヴィリニュスは各地からの民族が集まる国際都市にまで発展した。

しかし、17世紀のロシア・ポーランド戦争によりヴィリニュスは再び戦禍に見舞われ、また1710年にはペストの大流行により、市は衰退の一途をたどることとなる。さらにポーランド分割によりヴィリニュスはロシア帝国に編入され、ロシア帝国によりロシア化政策を強要されることなる。遂にはリトアニア人がヴィリュニスをそしてリトアニアを離れることになった。

悲しい歴史を持つヴィリニュスだが、観光スポットはたくさんある。一番の見所は「ヴィリュニス歴史地区」であり、世界遺産にも登録されている。指定地区内にはバロック様式やルネサンス様式など、様々な種類の建造物が建ち並び、中世に舞い戻ったかと錯覚させるような美しさであり、ヴィリニュスの中でも人気の高い観光スポットが集結している。

観光スポット情報

聖アンナ教会
ST. ANNE’S CHURCH
観光ポイント

16世紀後半に建てられたゴシック様式の教会。当時、ヨーロッパで他に例がない当時最新の技術を結集して建設されました。1812年にナポレオンがロシアに攻め上がる際にこの教会を見てフランスに持ち帰りたいと語ったのは有名な話です。

ヴィリニュス大学
VILNIUS UNIVERSITY
観光ポイント

16世紀創立の由緒ある大学で帝政ロシア時代には抵抗運動の本拠地となり一時閉鎖されました。現在は2万人あまりの学生が学ぶ総合大学です。写真は大学内にある聖ヨハネ教会です。

観光スポット情報

十字架の丘
KRYZIU KALNAS
観光ポイント

開館時間:9:00~18:00(10:00~16:00土曜日、~15:00日曜日)

休館日:夏期はなし(9月~5月まで日曜日が休み)

最初の十字架は、1831年帝政ロシアに対する蜂起のあと流刑や処刑された人々の為に立てられたといわれています。その後民族・宗教の象徴として扱われました。

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